redbird日和

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13 2014

思い出

2/11は母の祥月命日でした。生きていれば今年71歳。
母が亡くなった翌年には長野オリンピックが開催されました。
私の兄は長野オリンピック開催の前年まで志賀高原スキー場のインストラクターをしていて
その時に縁があり、長野オリンピックの運営スタッフに選考されていたそうです。
「ホンマやったら来年間近でオリンピック見れてんけど、さすがにもうそれは無理やな。」
そう言って残念そうに苦笑いした兄の横顔を思い出しました。
母の葬儀の後しばらくして親戚一同は引き上げゆき、単身赴任中だった父は赴任先に戻り
母の危篤を聞いて身一つで雪山から戻って来た兄は
「すぐ戻って来るから一日だけ我慢しろ。」と私に言い残し、荷物を引き取りに雪山へ戻りました。
その日は自宅へ帰るのがひどく寂しくて、仕事帰りの電車内で涙が止まらなかったのを覚えています。

もう容量の増えることのない母との思い出のフォルダ。
埋もれないように大切に守っていきます。